ページタイトル:大福寺のカヤ 当サイトのシンボルマーク

画像:大福寺のカヤ(幹と並ぶ) 名称 大福寺のカヤ (だいふくじのかや)
名称の典拠 「巨樹と花のページ
樹種 カヤ
樹高 20m(注1)
目通り幹囲 6.3m(注2)
推定樹齢 300年以上(注1)
所在地の地名 奈良県宇陀市室生三本松(注3)
 〃 3次メッシュコード 5136−60−81
 〃 緯度・経度 北緯34度34分36.3秒
           東経136度00分58.1秒(注4)
天然記念物指定 なし
撮影年月日 2023年5月16日

注1)環境庁「日本の巨樹・巨木林 近畿版」による
注2)地表面から1.3mの高さで幹囲を実測
注3)2006年1月1日、宇陀郡内4町村が合併して宇陀市誕生。旧行政区は宇陀郡室生村
注4)大福寺には幹囲5m超のカヤが2本ある。データはいずれも大きい方(左図)のもの





 大福寺は、大イチョウが立つ三本松の神明神社から直線距離で130mほど。車を置けそうになかったので、神明神社前に少しの間車を置かせていただき、徒歩で訪ねた。
 カヤは境内の東端に立っていて、歩いている途中から、もうはっきりと姿が見える。「奈良県随一」と称えられるように、堂々たる体格のカヤである。
 幹の内部はがらんどう。これだけの大きさにもなればよくあることだ。樹勢は良好に見える。
 私の幹囲測定値は626cm。環境省データの585cm(1988年報告値)に比べ、着実に大きくなっている。
 このカヤに関するネット情報を探していて、「むろう再発見」ページを見つけた。
 その写真では、大枝をもっと長く伸ばしていて、何本もの支柱で支えられている。全景が写っていなかったので想像するのみだが、かつては丸く、大きな樹冠を戴いていたようだ。今は少しスリムになった感じ。
 ところで、このカヤとは無関係だが、宇陀市公式ウェブサイト中に「三本松 いいね! お楽しみマップ」があり、それに三本松の地名の由来が記されていたので紹介しよう。
 かつては実際に三本松の大樹があった。「北条時頼がこの地を行脚の時植えられた」と伝えられ、明治8年(1875)に新しく村が誕生するとき、村名をこの松に因んで三本松村とした。昭和7年(1932)には国の天然記念物になったが、その後枯死、同30年(1955)には天然記念物指定も取り消され、松は伐採された。現在の三本松は3代目。
 初代三本松の写真も載っている。幹の下部が写っていないので間違っているかも知れないが、途中から3幹に分かれた一本の大松だったようだ。
 この大松にも会ってみたかった。
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