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名称 田木 (たぎ) 名称の典拠 現地での呼称 (名称の由来については「畑木」のページをご覧乞う) 樹種 ケヤキ 樹高 23m(注1) 目通り幹囲 10.1m(注1) 推定樹齢 約1000年(注2) 所在地の地名 山梨県北杜市須玉町江草字根小屋(注3) 〃 3次メッシュコード 5338−53−67 〃 緯度・経度 北緯35度49分12.5秒 東経138度27分48.7秒 国指定天然記念物(1958年5月15日指定)(注3)(注4) 撮影年月日 2003年2月28日 注1)環境庁「日本の巨樹・巨木林 甲信越・北陸版」による 注2)1982年1月3日に山梨県教育委員会と須玉町教育委員会が連名で設置した案内板による 注3)平成16年(2004)11月1日、北巨摩郡の7町村が合併して北杜市誕生。旧行政区は北巨摩郡須玉町 注4)天然記念物指定名称は畑木とセットで「根小屋神社の大ケヤキ」 釜無川の支流、塩川の中流域左岸に標高788mの城山(じょうやま)がある。戦国時代まではここに「獅子吼城」と呼ばれた砦があり、その麓(根)に集落(小屋)があった。ここには甲斐と佐久や、遠くは上州を結ぶ小尾街道(穂坂路)が通っていて、交通の要所であった。戦略上も重要な意味を持つため、山城や関所が築かれていたのである。 武田家滅亡後、徳川と北条が甲斐の覇権を争った。1582年、獅子吼城に立て籠もる北条軍に対し、服部半蔵率いる徳川の伊賀組と旧武田家臣団が夜襲をかけ、落城させた。この合戦が甲斐国内での最後の戦闘となった。 現地の案内板にはおよそ以上のように、根小屋の歴史が記されている。 2本のケヤキがまだ壮年期であった頃の出来事であろう。 |
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