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画像:椎谷観音大欅

画像:椎谷観音大欅(幹と並ぶ)

画像:椎谷観音参道

画像:椎谷観音堂
 明和7年(1770)建立の観音堂
 (1996年4月29日撮影)

画像:椎谷の町並み
 椎谷観音参道途中からの眺め
 (1996年4月29日撮影)
名称 椎谷観音大欅 (しいやかんのんおおけやき)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 ケヤキ
樹高 20m(注2)
目通り幹囲 6.9m(注3)
推定樹齢 伝承1000年(注2)
所在地の地名 新潟県柏崎市椎谷
 〃 3次メッシュコード 5638−14−79
 
〃 緯度・経度 北緯37度28分52.1秒
           東経138度37分12.4秒
柏崎市指定天然記念物(1975年7月1日指定)
撮影年月日 2002年6月1日

注1)国道352号脇の駐車場に柏崎市教育委員会が設置。アルミとプラスチックの近代的な案内板
注2)環境庁「日本の巨樹・巨木林 甲信越・北陸版」による
注3)同上。現地の案内板では7.2m





 東京電力の柏崎刈羽原子力発電所の北、観音岬に椎谷観音がある。
 仁王門から300段の石段を上ったところに茅葺きの観音堂。その隣りにこの大ケヤキが立つ。近年、観音堂の近くまで自動車道が開通したが、なかなか良い参道なので、是非とも汗を流して石段を歩くことを勧める。
 この石段については伝承がある。
 江戸時代中期、6尺4寸(192cm)はあろうかという大男がいた。名を巻口清八といい、近在きっての乱暴者であった。困り切った村人達は、ある祭りの夜、酔って眠りこけた清八を縄で縛り上げ、池に投げ込んだ。
 不思議にも命の助かった清八は観音の慈悲を感得し、剃髪して僧になり、頓入と名乗った。そして、それまでの非を償うため、参道に石を敷くことを発願し、托鉢の帰りに海から石を拾ってきて石段作りを開始した。
 すっかり改心した頓入に、村人は手助けを申し出た。しかし、「お志は有り難いが、人の意志がどこまで挫けぬものか見届けたい」と断った。そして18年かかって志を貫徹し、寛政元年(1789)6月15日、自ら掘った山窟で入定したという。(以上、石段途中の案内板より)
 そう思ってみれば、一つ一つの石に人の善意がこもっているように見えてくる。石のなかには、いかな怪力の持ち主でも、とても一人では持てそうもないサイズも混じっているが、殆どの石は伝承を肯定するサイズである。生物の痕跡を留めている石も多い。たしかに海の石だ。
 ケヤキの根元に井戸がある。井戸枠で内部が見えないが、今も水が出ており、飲用できる。その横にはウドも生えていた。
 歴史に包まれ、自然がいっぱいのなかで、ケヤキも気持ちがいいことだろう。
 
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