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名称 野田神社のケヤキ (のだじんじゃのけやき)
名称の典拠 なし
樹種 ケヤキ
樹高 36m(注1)
目通り幹囲 7.2m(注1)
推定樹齢 800年(注2)
所在地の地名 秋田県南秋田郡五城目町野田字合野
〃 3次メッシュコード 5940−70−38
〃 緯度・経度 北緯39度56分59.6秒
東経140度05分56.0秒
五城目町指定天然記念物(1976年4月1日指定)
撮影年月日 2007年8月9日
注1)環境庁「日本の巨樹・巨木林 北海道・東北版」による
注2)現地の案内板による
秋田自動車道、五城目八郎潟インターのすぐ東に野田神社(八幡神社)が鎮座している。
高速道路が出来る前の神社の背後には、広々とした水田が広がっていた。この大ケヤキは、どこからもよく見えたはずである。
近隣では有名なケヤキだったらしく、東北を旅して、当時の様子を記録した菅江真澄も、文化6年(1809)にここを訪れ、「ひなの遊び」にこのケヤキのスケッチを載せているという。
このケヤキは「乳房槻」と称され、形の良い2つの乳房があるところから、母乳の神とされていたらしい。(以上、案内板を参考)
ケヤキの傍らには鳥居が設置された。この事実は、ケヤキそのものが神聖なものとされていたことを示す。母乳に頼らなくても赤子を育てられる時代になって信仰は薄れ、今は鳥居も朽ちてしまった。
真澄のスケッチそのものを見ていないので何とも言えないが、どれがその乳房なのだろうか。瘤は複数あって、その中から2つを選ぶのは難しい。
一般論として、過去の記憶を大切にしようとする心の動きは、現在では主流でなくなってしまったように思える。朽ちた小さな鳥居を見て、そんなことを考えた。
実証科学がリードする世の中になっても、合理性だけで云々出来ない文化があると思うのだが…。 |
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