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名称 真上のけやき (まがみのけやき)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 ケヤキ
樹高 25m(注2)
目通り幹囲 6.7m(注2)
推定樹齢 伝承800年(注2)
所在地の地名 栃木県栃木市西方町真名子(注3)
〃 3次メッシュコード 5439−55−63
〃 緯度・経度 北緯36度28分11.6秒
東経139度40分07.4秒
西方町指定天然記念物(1984年12月24日指定)
撮影年月日 2012年9月30日
注1)1985年10月3日に西方村教育委員会と西方村文化財保護委員会が設置(西方村は、その後1994年に西方町となる)
注2)環境庁「日本の巨樹・巨木林 関東版(T)」による
注3)2011年10月1日、栃木市に編入。旧行政区は上都賀郡西方町
旧都賀町の大柿で国道293号と別れ、逆川の谷を谷倉山(やぐらさん、標高599m)に向かって遡る。谷幅がずいぶん狭くなったな、と思う間もなく、左手前方にこのケヤキが見えてくる。
案内板はケヤキについての物語を伝えていた。
今を去ること800年ほど昔。大木隆真なる武士が遁世して、この山中に土着した。刀を捨てて鍬を選んだわけだ。
隆真には嘉代という娘がいた。隆真夫婦は、たいそう可愛がって、日々の成長を楽しみに育てていたが、8歳になったある日、突然姿を消してしまった。そして、必死の探索にもかかわらず、ついに見つけることが出来なかった。
そのまま数年が過ぎ、夫婦は、せめてもの慰めと小さな祠を祀った。そして、嘉代がどこかですくすくと成長してくれることを願い、代わりにケヤキを植えたという。
それが、伝承樹齢800年の根拠である。根元に見えるのが、隆真が祀ったという祠だろうか。
近くで見ると、大ケヤキは、岩の縁に腰掛けるような格好で立っている。「大きく育て」と願って植えるなら、岩を避けて植えるはずだ、などと野暮なことは言うまい。伝承には、それが真実か否かとは別に、伝承として伝えられるだけの、何らかの意味があるのだろうと思う。
ただ、伝承を離れて客観的に見ると、ケヤキはもっと若いのでないかと思われる。 |
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