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名称 向川寺の大カツラ (こうせんじのおおかつら) 名称の典拠 現地の案内板(注1) 樹種 カツラ 樹高 39m(注2) 目通り幹囲 7.1m(注2) 推定樹齢 300年以上(注2) 所在地の地名 山形県北村山郡大石田町横山字黒滝 〃 3次メッシュコード 5740−72−18 〃 緯度・経度 北緯38度35分45.7秒 東経140度21分13.2秒 山形県指定天然記念物(1960年12月16日指定) 撮影年月日 2008年8月27日 注2)環境庁「日本の巨樹・巨木林 北海道・東北版」による 最上川に架かる黒滝橋を渡ると、西詰め近くで右手に大きなイチョウの樹冠が見えてくる。そこが曹洞宗黒滝山向川寺である。 向川寺は、永和3年(1377)、大徹宗令の開山と伝える古刹。大徹は、総持寺2世峨山韶碩の法を継ぎ、「峨山五哲」の一人と称えられた名僧である。 寺域の高台からは最上川を望むことができたゆえ、向川寺と号したのだろう。 開創以来、東北における曹洞宗布教の有力な拠点の一つとして栄えた。向川寺の末寺は28ヶ寺を数えたという。 元禄2年(1689)5月29日、松尾芭蕉は「おくのほそ道」を巡る途次、向川寺を参拝している。出発時からの予定ではなかったが、土地の人に勧められての参拝だったと思われる。(芭蕉は、この前日、大石田で船問屋を営む高野一栄宅を訪ね、「さみだれをあつめてすゝしもかミ川」の発句を披露している。推敲の後、「五月雨をあつめて早し最上川」となった句である) 新庄藩主戸沢氏から寺領30石を与えられるなど、隆盛を誇っていた向川寺だったが、その後、度重なる火災で伽藍を失い、ついには無住となってしまった。 創建当時は、背後の丘陵に多数の伽藍が散見されたという。現在、裏山は町民の森として開放され、遊歩道が整備されているようだ。昔日の栄光は望めないまでも、なんとか向川寺を復興させたいとの願いがあるのだろう。 ところで、カツラであるが、開山大徹禅師のお手植えと伝えられている。 場所は、平成9年(1997)建立の仏舎利塔と本堂を結ぶ小道の脇。小道の下は草地の斜面となっていて、視界を遮る物がないため、いろんな角度から全体像を把握できる。 単幹で、比較的乾燥した場所に立つ、珍しい大カツラである。 |
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