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名称 木崎原古戦場跡のスギ
(きざきばるこせんじょうあとのすぎ)
名称の典拠 なし
樹種 スギ
樹高 14m(注1)
目通り幹囲 6.2m(注1)
推定樹齢 300年以上(注1)
所在地の地名 宮崎県えびの市池島
〃 3次メッシュコード 4830−06−46
〃 緯度・経度 北緯32度02分22.1秒
東経130度49分50.5秒
天然記念物指定 なし
撮影年月日 2012年8月6日
注1)環境庁「日本の巨樹・巨木林 九州・沖縄版」による
JR吉都線のすぐ南に池島公民館があり、その前は広い駐車場となっている。公衆トイレもある。木崎原古戦場見学者のための施設と思われる。
元亀3年(1572)5月、このあたり一帯で島津義弘と伊東義祐(実働部隊の総大将は伊東祐安)の合戦があった。
案内板によれば、攻める伊東軍は3千余人。対して、島津軍の兵力は約3百人。数に於ける優劣は明らかであった。
しかし、戦さは人数だけではない。戦略に長ける島津義弘に翻弄され、伊東軍はさんざんな目に遭う。この戦さによる戦死者は、Wikipediaによれば、伊東方810人。将の殆どが戦死。島津方も257人。戦闘に参加した将兵の8割以上が戦死するという壮絶な戦いだったようだ。
その最大の決戦場が木崎原だった。
島津義弘は、ここに六地蔵塔を建てさせ、敵味方の区別なく、戦死者の供養をさせたという。
その六地蔵塔が現存する。かなり磨り減って、細部の造作はもうわからない。合戦から、ずいぶん時が流れた。
標記の大杉は、六地蔵塔の近くに立っている。
残念ながら、環境庁データほどの大きさはないようである。 |
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