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向かって右手に大ケヤキ
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名称 本堂城址のケヤキ (ほんどうじょうしのけやき)
名称の典拠 なし
樹種 ケヤキ
樹高 32m(注1)
目通り幹囲 9.3m(注1)
推定樹齢 300年以上(注1)
所在地の地名 秋田県仙北郡美郷町本堂城回字館間(注2)
〃 3次メッシュコード 5940−14−75
〃 緯度・経度 北緯39度28分43.8秒
東経140度33分45.5秒
千畑町指定天然記念物(1973年2月1日指定)
撮影年月日 2007年8月7日
注1)環境庁「日本の巨樹・巨木林 北海道・東北版」による
注2)2004年11月1日、仙北郡内3町村が合併して美郷町誕生。旧行政区は仙北郡千畑町
ここは本堂氏が拠った中世の城跡で、今は秋田県指定史跡となっている。平城だったらしいが、あまり遺構の類は残っていない。周囲を水田に囲まれて、ここだけ丈の低い草地であることで、他と区別される。
小さな城下町も出来ていたようで、本堂城回(ほんどうしろまわり。昔は本堂城廻と記したようだ)の地名に、その名残が見られる。
本堂氏は、和賀氏の一族。室町時代初期に、この地に定着し、地名をとって本堂氏と称したという。はじめは真昼岳西麓に城を構えたが、のち、本拠をここに移した。豊臣秀吉からは8千9百石余りの所領を安堵されている。文禄元年(1592)の朝鮮出兵にも本堂氏は参加した。(平凡社「秋田県の地名」を参考)
慶長7年(1602)、本堂氏は常陸国に移封され、城は壊された。今からおよそ400年前のことである。
大ケヤキは、はたしてその頃から立っていたのかどうか。ケヤキに尋ねてみたいところだが、返事が返ってくるはずもない。
中図でお分かりのように、堂々たる枝振りである。失った枝も多いが、未だ多くの大枝を残して、大天蓋を支えている。それも、支柱無しでである。
盆栽には見るべき向きがあるように、自然の立木においても見栄えがする向きとそうでない向きがあるものだ。が、このケヤキは周囲どこから見てもすばらしい。名木と言っていいのでなかろうか。
幹に括り付けられたワラ人形は鍾馗様。普通は集落の境界に小さな石塔を建て、悪鬼が集落内に入るのを防ぐ役割を担うが、ここでは巨大な像が集落の中にあって、睨みを利かせている。ワラで出来ているとはいえ、なかなか立派な鍾馗様であった。 |
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