|
↑西側のアスナロ
↓東側のアスナロ
|
|
名称 旧青木家別邸のアスナロ
(きゅうあおきけべっていのあすなろ)
名称の典拠 天然記念物指定名称
樹種 アスナロ
樹高 19m/20m(注1)
目通り幹囲 5.5m/4.5m(注1) 根回り
推定樹齢 いずれも110〜130年(注1)
所在地の地名 栃木県那須塩原市青木(注2)
〃 3次メッシュコード 5539−37−99
〃 緯度・経度 北緯37度00分05.4秒
東経139度59分05.2秒(注3)
那須塩原市指定天然記念物(2024年2月7日指定)
撮影年月日 2024年6月29日
注1)那須塩原市公式ウェブサイトの文化財紹介ページによる。いずれも前者が西側、後者が東側の個体データ
注2)2005年1月1日、3市町が合併して那須塩原市誕生。旧行政区は黒磯市
注3)これは西側の個体データ
東北自動車道那須インターチェンジから、直線距離で西に約5km。県道369号(黒磯田島線。通称板室街道)沿いに道の駅「明治の森・黒磯」がある。
「明治の森」の名は、明治時代に外交官・外相として活躍した青木周蔵(あおきしゅうぞう、1844〜1914)に因む。
明治元年(1868)に長州藩留学生としてドイツに渡った経験を買われた周蔵は、のち駐独公使に赴任。そこでエリーザベトと結婚。帰国後は外務大臣も務めた人物であるが、若い頃に住んだドイツにはよほど心惹かれたものらしい。当地に青木農場を開設し、ドイツ風の別邸を建てた。那須野の風景にドイツの面影を感じたのだろう。
その別邸(国重文)が道の駅の敷地内にあり、内部も公開されている(有料)。別邸に至る並木道も保存されていて、ほんの少しだけ、当時の華族になった気分が味わえる。(青木周蔵は子爵だった)
道の駅に車を駐め、並木道を歩いて行くと、白く化粧された別邸が正面に見える。アスナロは建物の後ろに立つので、並木道からは見えない。
しかし、那須塩原市公式ウェブサイトの文化財紹介ページによると、もとはそうではなかったらしい。アスナロは並木の終点に、門柱のように立っていたというのである。
傷んできた別邸を修理復元する際、どのような理由か知らないが、別邸の位置を60mほど南に移した。アスナロの方は移植困難と判断され、移動しなかった。その結果、別邸とアスナロの前後関係が逆転してしまったようなのだ。
建物の横を回り込む小道があり、裏側に出ると一対のアスナロが立っている。
別邸が建てられたのが明治21年(1888)だから、アスナロもその頃に植えられたのだろう。
2株とも根元で多数幹に分岐する独特の姿。
樹勢が良さそうで、樹冠の外側はしっかり葉で覆われ、遠くからは緑の塊にしか見えない。近くで下から眺めると左図の姿が見える。
そんなだから、幹の一本一本は太くない。
巨木であることは間違いないが、巨木感よりも奇木感を強く感ずる見事なアスナロである。 |
|