ページタイトル:寸原の大ケヤキ 当サイトのシンボル

画像:寸原の大ケヤキ

画像:寸原の大ケヤキ(全景)
名称 寸原の大ケヤキ (ずんばらのおおけやき)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 ケヤキ
樹高 15m(注2)
目通り幹囲 7.8m(注2)
推定樹齢 300年以上(注2)
所在地の地名 兵庫県篠山市黒田(注3)
 〃 3次メッシュコード 5235−41−94
 〃 緯度・経度 北緯35度04分42.0秒
           東経135度10分18.8秒
天然記念物指定 なし
撮影年月日 2010年6月26日

注1)このケヤキが、平成3年(1991)12月24日に兵庫県の「郷土記念物」に指定されたことを記す案内板。兵庫県が設置(設置年月不詳)
注2)環境庁「日本の巨樹・巨木林 近畿版」による
注3)1999年4月1日、多紀郡内4町が合併して篠山市誕生。旧行政区は多紀郡西紀町





 北から流れてきた宮田川が篠山川に合流するあたり、舞鶴若狭自動車道の東200mほどの位置に立つケヤキ。
 篠山市の公式WEBサイトには、頂部まで青々と葉を繁らせた厚い樹冠を戴く写真(撮影日不明)が掲載されている。左図に見える小屋根はない。
 その後、何があったのか。現在はご覧の通りである。
 上空に伸びた大枝に繋がる部分は、殆どが枯死してしまった。葉はすべて、細い若枝のものである。
 この状況を、ただ手をこまねいて見ていたわけではなさそうだ。周囲を広く立ち入り禁止にし、土壌を柔らかく保つようにした。やるべきことをやって、なんとか樹勢が持ち直してくれるのを期待しているところと思われる。
 今は大ケヤキのほか何もない広場だが、ここにはかつて少将山城に関わる豪族の別宅があったとする伝承があるようだ。鎌倉時代から室町時代にかけての話だから、その頃すでにケヤキはあったかどうか。
 いずれにしろ、邸宅跡は後世に引き継がれた。樹名の「寸原(ずんばら)」は、近年までここに屋敷を構えていたお宅の屋号だということだ。
 
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