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画像:高山不動の大イチョウ

画像:高山不動の大イチョウ(上方から見る)
名称 高山不動の大イチョウ
    (たかやまふどうのおおいちょう)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 イチョウ
樹高 37m(注2)
目通り幹囲 10.0m(注2)
推定樹齢 800年(注3)
所在地の地名 埼玉県飯能市高山
 
〃 3次メッシュコード 5339−71−27
 
〃 緯度・経度 北緯35度56分22.7秒
           東経139度13分08.5秒
埼玉県指定天然記念物(1947年3月25日指定)
撮影年月日 2006年3月26日

注1)1988年3月に埼玉県教育委員会、飯能市教育委員会、高貴山常楽院の3者連名で設置
注2)環境庁「日本の巨樹・巨木林 関東版(U)」による
注3)上記の案内板による





 高山不動の名で知られる真言宗高貴山常楽院境内に、気根のよく発達した大イチョウが立っている。場所は本坊から不動堂に向かう参道の途中。常楽院は旧別当寺である。
 急斜面に立っているものだから、下から見上げると、のしかかるような迫力を感じる。参詣者の心にしっかり残る大イチョウだと思われる。ただ、残念ながら、2006年現在、37mまでの樹高はない。
 高山不動堂は霊亀年中(715〜17)、行基菩薩の開基と伝えられている。実際に行基が関わったのかどうかは別として、平安期の軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)立像(国重文)が所蔵されている一事をみても、相当な昔からあったことは間違いないと思われる。
 不動堂は、もとは山上にあったが、天文年間(1532〜55)に祝融に見舞われてのち、現在地に再建されたという。地図を見ると、「関八州見晴台」近くの稜線上に奥の院があるが、そこが旧地だったのだろうか。
 高山不動に何故、不動明王でなく軍荼利明王なのかを訝しく思われた方もおられるのでないだろうか。
 不動堂本尊は、元来、不動明王を中尊とする五大明王像であった。かつては5体揃っていたが、天文の火災で4体を失い、軍荼利明王像のみが残されたということである。
 残された像は像高229センチ。5体並んだ姿は、さぞ立派だったであろうと想像される。
 
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