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名称 白瀧神社のケヤキ (しらたきじんじゃのけやき) 名称の典拠 天然記念物指定名称 樹種 ケヤキ 樹高 35m(注1) 目通り幹囲 6.1m(注1) 推定樹齢 300年以上(注1) 所在地の地名 群馬県桐生市川内町5丁目 〃 3次メッシュコード 5439−51−46 〃 緯度・経度 北緯36度27分20.7秒 東経139度12分22.8秒 桐生市指定天然記念物(1996年3月14日指定) 撮影年月日 2016年10月15日 注1)桐生市公式ウェブサイトの文化財紹介ページによる 桐生と言えば、まず絹織物が連想される。今では往時のような活況はないが、桐生の絹の歴史は古く、奈良時代から既に生産されていたようである。 左図のケヤキが立つ白瀧神社も、絹と関わりがある。 同神社でいただいたリーフレットによれば、祭神は天八千々姫命(あめのちぢひめのみこと。機織りの女神)と白瀧姫の2柱。 この白瀧姫は、横萩右大臣豊成の二女で、帝の御所で官女をしていた。そして、たまたま郡役として一年間の御所勤務にあたっていた上野国山田郡仁田山郷(現桐生市)出身の若者と恋仲になった。身分の違う二人ではあったが、御前での「歌合わせ」の席に臨んだ若者の和歌の出来がすばらしく、その才能に免じて結婚が許されることとなった。一年の期限が過ぎ、若者と共に仁田山郷に来た白瀧姫は、里人に養蚕、製糸、機織りの技を教え、それが桐生絹織物の始まりだという。 ところで、上州は「かかあ天下とからっ風」でも知られる。 一般的に「かかあ天下」の語から連想するのは、鼻っ柱が強く、亭主を尻に敷くおかみさん、といったところだが、「かかあ天下ぐんまの絹物語協議会」発行のパンフレットによれば、そうではないのだという。 上州の女性は働き者で、昔から養蚕、製糸、機織りで家計を支えた。夫(男)たちが「おれのかかあは天下一」と称したのが「かかあ天下」として上州名物になったというのである。ならば、白瀧神社はかかあ天下を生んだ神社ということにもなる。 ちょっと眉に唾をつけたくなる話だが、この説明で文化庁を説得することができたらしい。平成27年(2015)4月24日に、「かかあ天下−ぐんまの絹物語−」として、日本遺産に認定された。(寡聞にして、日本遺産なるものが存在することを知らなかった) そして、この白瀧神社も日本遺産の対象の一つなのである。(社殿前に認定証が飾ってあった) 以上、さっぱりケヤキの話が出てこなくて申し訳ない。 ケヤキは社殿の背後。 株立ちのため、あまり巨大な感じはしないが、斜面に立つだけあって、根張りはそこそこ力強い。 残念ながら、絹織物とも「かかあ天下」とも関係がなさそうなケヤキである。 |
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