ページタイトル:千葉寺ノ公孫樹 ロゴ:人里の巨木たち

画像:千葉寺ノ公孫樹_1

画像:千葉寺ノ公孫樹_2
名称 千葉寺ノ公孫樹 (せんようじのいちょう)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 イチョウ
樹高 25m(注2)
目通り幹囲 8.0m(注2)
推定樹齢 伝承1300年(注3)
所在地の地名 千葉県千葉市中央区千葉寺町
 〃 3次メッシュコード 5340−31−10
 〃 緯度・経度 北緯35度35分41.5秒
           東経140度07分54.4秒
千葉県指定天然記念物(1935年11月12日指定)
撮影年月日 2014年5月21日

注1)1980年3月に千葉県教育委員会と千葉市教育委員会が連名で設置。(天然記念物指定名称もこれに同じ) 千葉寺の読み方について、案内板には「ちばでら」のルビが振られていたが、ここでは千葉県教育委員会公式ウェブサイトの文化財紹介ページの読みに従った
注2)環境庁「日本の巨樹・巨木林 関東版(U)」による
注3)和銅2年(709)に僧行基(ぎょうき)が植えたとする伝承があるようだ





 小雨降る日、板東三十三観音第29番札所の千葉寺を訪ねた。
 場所は、京成電鉄千葉寺(ちばでら)駅の北方500mほど。古い町並みの細く入り組んだ道の先。
 京成電鉄の駅名も、町名も、また板東札所としての呼び名も「ちばでら」だが、「せんようじ」と読むのが正式らしい。
 縁起によると、和銅2年(709)、東国巡錫中の行基が池田郷の池で見た千葉(せんよう)の青蓮に霊を感じ、丈六の十一面観音像を刻んだ。その話を伝え聞いた聖武天皇の勅命により堂舎建立、海上山歓喜院青蓮千葉寺(かいじょうさんかんぎいんしょうれんせんようじ)と称した。永暦元年(1160)、雷火で伽藍を焼失し、現在地に移転。(千葉市教委が設置した案内板より)
 その後何度かの盛衰を経て今日に至っている。
 標記の大イチョウは、仁王門と本堂の間。
 根の一部が地表に顔を出し、大枝の付け根からは気根(乳柱)がいくつも垂れている。見る者に強いインパクトを与える姿だ。
 このイチョウは、千葉寺の創建時に行基がもたらしたとつたえられているという。強烈な印象を与える大イチョウであるから、行基ほどの大人物が植えたとしなければ収まりがつかないのだろう。
 しかし、創建時の寺地はここではなかったことを別にしても、史実としてイチョウが日本に入ってきたのは鎌倉時代以降のことらしい。実際の樹齢はもっと若いと思われる。
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