ページタイトル:山王神社の大クス ロゴ:人里の巨木たち

画像:山王神社の大クス(向かって右)
 ↑向かって右の大クス(8.7m)
 ↓向かって左の大クス(6.3m)
画像:山王神社の大クス(向かって左)
名称 山王神社の大クス (さんのうじんじゃのおおくす)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 クスノキ
樹高 10m/10m(注2)
目通り幹囲 8.7m/6.3m(注2)
推定樹齢 300年以上(注3)
所在地の地名 長崎県長崎市坂本2丁目
 〃 3次メッシュコード 4929−16−19
 〃 緯度・経度 北緯32度46分02.9秒
           東経129度52分04.5秒(注4)
長崎市指定天然記念物(1969年2月15日指定)
撮影年月日 2015年3月27日

注1)長崎市教育委員会が設置(設置年月不詳)。天然記念物指定名称もこれに同じ
注2)環境省巨樹データベース(2000年フォローアップ調査)による
注3)環境庁「日本の巨樹・巨木林 九州・沖縄版」による
注4)これは向かって右のクス(左上図)の位置





 この日は徒歩で長崎市内の巨木探訪。
 「浦上駅前」で長崎電気軌道(路面電車)を降り、東に向かう。最初が山王神社である。このあと、山裾を辿って出島方面に向かう計画。
 山王通りに突き当たり、通りがかった若い女性に山王神社の位置を尋ねたところ、向かっておられた向きとは逆だったにもかかわらず、笑顔で神社の近くまで案内して下さった。何かと心細い一人旅では、地元の方のご親切が殊の外嬉しい。すっかり長崎が好きになった。
 参道の途中に、一本足の鳥居がある。
 大正13年(1924)、山王神社の二の鳥居として建てられ、その21年後の昭和20年(1945)8月9日午前11時2分、原子爆弾の爆風で向かって左の柱が倒されて一本足になったものである。
 ここは爆心地から1kmも離れていないのだ。
 当時に思いを馳せることで厳粛な気分になり、亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、改めて平和への決意を強くする。
 さらに歩を進めると、石段の両側で大クスノキが迎えてくれる。
 予想していたよりもずっと元気が良さそうだったが、いずれも幹や大枝の先端部がない。爆風で失ったのだ。
 被爆直後のクスノキの様子を、山王神社公式ウェブサイトで見ることが出来る。幹は焦げ、枝葉がすべて吹き飛ばされて、まさに瀕死の姿である。
 向かって左の方が爆心地に近い。こちらの幹には、多数の破片(瓦、金属、小石等)が突き刺さっていたという。(案内板より)
 向かって右では、建築現場で見られるような鉄パイプの足場を組み、幹に出来た洞の内部が見られるようにしてある。開口部を覆うガラス越しに覗くと、中に小石が入っていた。この小石も、凄まじい威力の爆風に吹き上げられて入ったとのこと。
 周囲の努力があってこそだが、よくぞ生き延び、ここまで元気になってくれたと思う。クスノキの元気な姿は長崎復興の一種のシンボルでもあったことだろう。
 「被爆クスノキ」として有名である一方で、このクスノキの葉ずれの音は、平成8年(1996)に旧環境庁が選定した「日本の音風景100選」に選ばれてもいる。
 身近な巨木として愛されているクスノキでもあるのだ。
 なかんづく、焦げて丸裸の姿をご存じの年配の方々は、穏やかなそよ風が立てる葉擦れの音に、特別な感懐があることだろうと思われる。
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