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名称 女夫木の大スギ (めおとぎのおおすぎ)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 スギ
樹高 31m(注2) 今はもっと低い
目通り幹囲 10.0m(注2) もっと細い?
推定樹齢 伝承600年(注2)
所在地の地名 長崎県諫早市小川町
〃 3次メッシュコード 4930−10−75
〃 緯度・経度 北緯32度48分59.3秒
東経130度04分01.1秒
国指定天然記念物(1975年6月26日指定)
撮影年月日 2015年3月25日
注1)1993年3月に長崎県教育委員会と諫早市教育委員会の連名で設置。天然記念物指定名称もこれに同じ
注2)環境庁「日本の巨樹・巨木林 九州・沖縄版」による
小栗小学校近くの国道57号(島原街道)「小川町」信号から、「ひばりが丘」、「美南の丘」を通って南下する。このバス路線の終点が「夫婦木」だ。国指定天然記念物の大杉は「夫婦木」バス停のすぐ近くに立っている。
文化庁のサイトに載る解説文には「女夫木集落の路傍にある」とされているのだが、天然記念物指定を受けた後のある時点で、「女夫木」が「夫婦木」に変じたのだろうか。読み方も「めおとぎ」でなく「みょうとぎ」と読むようだ。
そもそもこの地名そのものが、一対の大杉が立つことから名付けられたと伝えられているらしい。もう1本の方は、かなり昔に失われたらしく、いつから1本になったか定かではないようだが。
上記解説文には「樹勢も盛んでその樹形は、スギの典型的な標本」云々の記述もある。昭和50年(1975)当時は、現在と全く異なる姿をしていたようだ。
1995年刊行の講談社「日本の天然記念物」掲載の写真がその当時の姿を伝えていると思われる。(残念ながら根元付近の写真しかない) その写真では、立ち上がってすぐ、横に出た一の枝が支幹化して、主幹と拮抗する勢力になっていたようだ。その根元付近の太さは、現在残されている主幹と同じくらいの太さに見える。(左図で、黒ずんで見えるところから支幹が出ていた)
文化財指定と前後して(?)、このスギに落雷があったらしい。「木の先端が二つに裂けた程度ですんだ」(「日本の天然記念物」より)ということで、昭和51年(1976)に裂けたところに鉄の輪をはめ、避雷針も取り付けたとある。
だが、残念ながら、それでは収拾がつかなかったようだ。現在、裂け目は根元まで達し、鉄の輪も増えた。
スギの典型とまで言われた樹形も、ずいぶんみすぼらしくなってしまった。
しかし、長崎県内では群を抜く大杉なのである。
少しでも長生きしてもらいたいものである。 |
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