ページタイトル:駒形諏訪神社の大カシ サイトのシンボル

画像:駒形諏訪神社の大カシ_1

画像:駒形諏訪神社の大カシ_2
名称 駒形諏訪神社の大カシ
    (こまがたすわじんじゃのおおかし)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 アカガシ
樹高 28m(注2)
目通り幹囲 6.2m(注2)
推定樹齢 500〜600年(注3)
所在地の地名 静岡県三島市山中新田
 
〃 3次メッシュコード 5238−57−89
 
〃 緯度・経度 北緯35度09分23秒
           東経138度59分41秒
静岡県指定天然記念物(1971年3月19日指定)
撮影年月日 2009年2月14日

注1)1996年12月に三島市教育委員会が設置
注2)環境庁「日本の巨樹・巨木林 東海版」による
注3)上記案内板による





 三島から箱根に向けて、国道1号は、カーブを重ねながら、高度を稼いでゆく。その途中、山中新田で、古びた歩道橋が国道を跨ぐ。駒形諏訪神社は、そこにある。
 歩道橋は、旧東海道を歩いてみようという人のため。
 もっとも、私のように、カシの木を見る目的で訪れる人は、多くなさそうだ。ここは、戦国末期、小田原を本拠とする北条氏が永禄年間(1558〜70)に築いた国史跡山中城跡(やまなかじょうあと)でもある。
 山中城は、西からの脅威を防ぐため、東海道を取り込むように築かれた。信長亡きあと、豊臣秀吉が勢力を強めると、秀吉との戦いが避けられないと考えた北条氏政は、城をより堅固にするための改修にとりかかったが、完成前の天正8年(1590)3月、豊臣方7万の大軍に攻められ、わずか半日で落城してしまったという。
 昭和48年(1973)三島市は、山中城発掘に着手。空堀の底に多数の細い土手を築いて、敵の進軍速度を遅らせるよう工夫した「畝堀」「障子堀」跡などが見つかった。その後、調査結果に基づき、ある程度、旧環境が再現されて、いまは、一帯が史跡公園のようになっている。(それにかなり先立ち、1934年1月22日に国史跡に指定されていたが、上記の発掘に伴って発見された郭・土塁・堀などの遺構が、1974年5月に追加指定された)
 その本丸守護のため祀られたのが、駒形諏訪神社である。(神社の案内板は「諏訪・駒形神社」となっている)
 山中城落城後、戦国の世が終わって、人々の往来が盛んになると、ここは箱根山往還の宿場として栄えたようだ。(神社の案内板より)
 拝殿に向かって左手、本丸曲輪内に大カシが立っている。単幹でこれだけの太さのアカガシは珍しい。
 山中城時代には、仮に既に生を受けていたとしても、注目されるほどの樹木ではなかっただろうが、箱根山往還の旅人の目にとまった可能性はある。
 樹勢も良く、すばらしいアカガシである。
 
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