ページタイトル:北館のエドヒガン 当サイトのシンボル

画像:北館のエドヒガン 名称 北館のエドヒガン (きただてのえどひがん)
名称の典拠 天然記念物指定名称
樹種 エドヒガン
樹高 17m(注1)
目通り幹囲 6.4m(注2)
推定樹齢 伝承700年(注3)
所在地の地名 岩手県奥州市衣川横道下
 〃 3次メッシュコード 5841−40−17
 〃 緯度・経度 北緯39度00分46.3秒
           東経141度05分19.8秒
奥州市指定天然記念物(1973年4月1日指定)
撮影年月日 2026年4月12日

注1)「奥州市の文化財」(PDF版)による
注2)地表面から1.3mの高さで実測
注3)現地の「北館遺跡」案内板より





 東北自動車道平泉前沢インターチェンジの西南西約2.3km、衣川(ころもがわ)右岸。東北自動車道のすぐ東に、見事なエドヒガン巨木が立つ。
 東北道のフェンスからは約10m。しかしフェンスの高さは低く、道路の反対側は広々とした農地で、あまり圧迫感は感じなかった。
 案内板によると、かねてよりここに安倍氏一族の居館の一つがあったと伝えられ、「北館」と呼ばれてきた。
 昭和の後期、北館の中心部分を高速道路が横切ることが決まり、同48年(1973)から49年にかけて発掘調査が行われた。
 その結果、平安時代の住居跡も見つかったが、むしろ縄文時代の遺跡の方が多く発見されたらしい。ここには太古の昔から人が住み続けてきたのだ。
 この桜は、安倍氏時代よりもかなり下った西暦1300年頃に、南蘇坊(なんそぼう)という行脚僧が植えたと伝えられているらしい。
 上記の樹齢はその伝承によるが、近年の幹囲データの変遷を見ると、かなりのハイペースで増加している。樹齢はもっと若い可能性が大きいように思う。
 この桜から受ける印象も、まず元気の良さと力強さ。もちろん年老いた巨木が持つ威厳も備わっているが、今も新しい枝を次々と伸ばしている。
 大きさといい、姿といい、岩手県のエドヒガン名木と称してよいのではないだろうか。
 ところで、発掘調査開始年と文化財に指定された年が重なっているのは偶然なのだろうか?
 その当時の日本は、まだ戦後復興の後の高度成長時代。社会の風潮は、何よりインフラ整備に重きを置いていた時代であったような気がする。
 高速道路の開通は嬉しいことだが、それに先立つタイミングでの指定には、高速道路のためにこの桜が伐採されるようなことがないように、との思いが込められていたように思えてならない。
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