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画像:神帰り杉(幹と並ぶ)
  神帰り杉

画像:神迎え杉(幹と並ぶ)
  神迎え杉
名称 神帰り杉・神迎え杉
    (かみかえりすぎ・かみむかえすぎ)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 スギ
樹高 27m/38m(注2)
目通り幹囲 6.5m/7.0m(注2)
推定樹齢 700年余(注3)
所在地の地名 岐阜県郡上市大和町牧
 
〃 3次メッシュコード 5336−57−74
 
〃 緯度・経度 北緯35度48分40.5秒
           東経136度55分15.9秒(神帰り杉)
           北緯35度48分39.9秒
           東経136度55分25.7秒(神迎え杉)
岐阜県指定天然記念物(「明建神社の社叢」として境内林全体を1979年6月15日に指定)
撮影年月日 2004年4月7日

注1)設置者及び設置年月不詳。明建神社が設置したのだろうか?
注2)環境庁「日本の巨樹・巨木林 東海版」による。いずれも前者が神帰り杉、後者が神迎え杉の値
注3)上記の案内板による





 このあたり一帯は、むかし山田庄と呼ばれ、承久3年(1221)に東胤行が入って以来、約300年にわたって東氏が治めていた。
 神帰り杉・神迎え杉の立つ明建神社(みょうけんじんじゃ)は、栗巣川(くりすがわ)を挟んで東氏居館跡の対岸にあたる。胤行が勧請した妙見菩薩を祭神とし、もとは妙見社と称した。明治の神仏分離で、祭神を国常立尊(くにとこたちのみこと)に改め、社名も明建神社としたが、古い伝統はそのまま引き継がれた。
 毎年8月7日の七日祭(なぬかびまつり、岐阜県重要無形民俗文化財)では、古式ゆかしく田楽が奉納される。神事の後の渡御の行列が、神帰り杉の下まで来て引き返し、神迎え杉の下まで進む。
 案内板によれば、元禄6年(1693)、神社が奉行所に提出した文書に、既にこの杉の名が記されているらしい。大杉は、数百年にわたって祭礼を見てきたのだ。
 両杉とも樹勢は良い。
 しかし、実は、神帰り杉の方は、一時、めっきり衰えた時期があったようだ。
 文化3年(1806)の嵐で落雷に遭い、縦に大きく空洞ができた。その後徐々に樹勢が衰えたものか、数十年前には枯死を心配する声もあがったようだ。
 樹冠もすっかり枯れたのち、新芽が伸びて現在の姿になったという。驚くべき回復力だ。
 この分なら、まだ当分の間、七日祭を眺め続けられることだろう。
 
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