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名称 霞城の桜 (かじょうのさくら)
名称の典拠 天然記念物指定名称(注1)
樹種 エドヒガン
樹高 12m(注2)
目通り幹囲 7.8m(注2)
推定樹齢 伝承650年(注3)
所在地の地名 山形県山形市霞城町
〃 3次メッシュコード 5740−32−06
〃 緯度・経度 北緯38度15分24.4秒
東経140度19分31.5秒
山形市指定天然記念物(1966年8月6日指定)
撮影年月日 2022年4月18日
注1)公園内の桜を一括指定したのではなく、これは左図の個体の名前である
注2)環境省巨樹データベースによる(2000年フォローアップ調査時のデータとして登録されているが、これらは1988年度調査時の数値に同じ)。なお、現地の説明では7.8mは幹囲ではなく根回り
注3)霞城公園案内板に、「1357年に最上氏の祖斯波兼頼(しばかねより)が山形城(別名、霞城)を築城した際に植えたと伝わる」とあった
国指定史跡山形城跡は桜の名所でもある。
日露戦争凱旋記念と戦死者供養のため歩兵第32連隊の帰還将兵が、(明治39年(1906)から?)大正10年(1921)までの間に植えたソメイヨシノ1000本が始まりらしい(注4)。それに留まらず、それ以後も精力的に補植されたようだ。今では、ソメイヨシノ以外の桜も含め、全部で1500本と言われている。
それら、城跡の桜たちの最長老が左図のエドヒガンである。西堀に面した土塁上に立っている。(山形市公式サイト中の霞城公園案内図(PDF版)に桜の位置が示されている)
古くから有名な桜だったようで、天然記念物指定はこの写真の56年前。その頃の姿はどうだったのだろうか。
樹姿から想像して、かつて全体で1本だったことは間違いないと思う。今は無い中央幹が樹形の芯を成していたのではあるまいか。
その中央幹が失われてからずいぶん時間が経ったように思う。姿の統一感も薄れ、見る角度によっては2本の桜に見えてしまう。
少し前まで桜の下はソフトボール球場となっていた。その後、霞城公園整備の計画が持ち上がり、私が訪ねた年はまさに工事の進行中。計画図によると、このあたりは「森の広場」として生まれ変わるようだ。
エドヒガンの花はソメイヨシノより少し早い。この日も、ソメイヨシノはちょうど満開だったが、エドヒガンは「落花盛ん」状態。花色も衰えがち。
このエドヒガンがお目当てなら、霞城公園の満開情報より少しだけ早くお訪ねになるのがよいと思われる。
注4)山形市公式サイトの山形城跡パンフ(PDF版)中「城郭の歴史」より |
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