ページタイトル:地境の柿(マメガキ) 当サイトのシンボルマーク

画像:地境の柿 名称 地境の柿 (じざかいのかき)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 マメガキ
樹高 5m(注2)
目通り幹囲 1.5m(注2)
推定樹齢 伝承450年以上(注3)
所在地の地名 福島県耶麻郡西会津町登世島(とせじま)字上ノ原道下甲(注4)
 〃 3次メッシュコード 5639−35−35
 〃 緯度・経度 北緯37度36分43.7秒
           東経139度41分37.5秒
西会津町指定天然記念物(1990年4月25日指定)
撮影年月日 2021年10月24日

注1)西会津町教育委員会が設置(設置年月不詳)
注2)まったくの目分量
注3)永禄(1558〜1570)の頃に植えられたという伝承がある
注4)今は字上ノ原道下甲(うえのはらみちしたこう)と字早稲田甲(わせだこう)の境界部に立つ。なお、県道の反対側の字名は地境甲(じざかいこう)





 「少し大きめの画像」をご覧になればお分かりのように、マメガキの実はとても小さい。
 味はカキノキの渋柿を遥かに超える渋さのようだが、カキノキの渋柿同様、十分に熟せば渋味がとれて食べられるらしい。
 平凡社「日本の野生植物 木本U」によると、もともと日本に自生するものではなく、古い時代に中国から渡来し、各地で栽培されたものらしい。実から柿渋(かきしぶ)を採取するためである。
 若い人は知らないだろうが、柿渋を含ませた和紙を重ねて貼り合わせ、乾燥させたものを渋紙(しぶがみ)といい、丈夫で防水性・防腐性があるため、火起こし等に使う渋団扇(しぶうちわ)や現在のこうもり傘にあたる唐傘(からかさ)用の紙として重宝された。
 今は昔。渋団扇も唐傘も使われなくなって、マメガキの存在価値は失われ、もう見ることも少なくなった。
 その老木が、阿賀川(あががわ=阿賀野川)左岸、JR磐越西線沿いの県道16号(喜多方西会津線)脇に立っている。JR尾登(おのぼり)駅からは北北東に400mほど。町の天然記念物だ。
 ずっと大切にされてきたと思うが、寄る年波には勝てず、今は支柱が無ければ立っていられない状態である。
 少しでも長生きして欲しいと祈る。
 なお、樹名は、この木が領地の境界を表すために植えられたとの伝承に基づくもののようだが、現地には実際に「地境」という地名も残っている。
ボタン:福島県の巨木リストに戻る ボタン:トップページに戻る