ページタイトル:蛇盛塚のしだれ桜 当サイトのシンボルマーク

画像:蛇盛塚のしだれ桜 名称 蛇盛塚のしだれ桜
    (じゃもりつかのしだれざくら)
名称の典拠 県道脇の案内板(注1)
樹種 エドヒガン
樹高 不明
目通り幹囲 3.2m(注2)
推定樹齢 約150年(注3)
所在地の地名 福島県田村市船引町門鹿(ふねひきまちかどしか)字幕ノ内
 〃 3次メッシュコード 5640−14−76
 〃 緯度・経度 北緯37度28分47.8秒
           東経140度34分25.5秒
天然記念物指定 なし
撮影年月日 2023年4月4日

注1)田村市が設置(設置年月不詳)
注2)まったくの目分量。3〜3.5mで、3mの方に近いかなと思ったので…
注3)1870年頃に植えられたらしい





 紫川(むらさきがわ)と移川(うつしがわ)の合流点から南南東に1kmほどのところ、国道349号から県道119号(本宮常葉線)が分かれる丁字路がある。その丁字路から県道を約100m。右手、ゴミ集積場奥の高い位置にシダレザクラの姿が見えた。それがこの桜である。
 桜が立つ場所を「蛇盛塚」という。
 塚の近くに「蛇盛塚としだれ桜の由来」と題する立派な石碑があった。それによると、天長(824〜34)の頃、ここから1.6kmほど東方、現在の船引町北鹿又字舘で水路工事を行った際、大蛇が出た。それを村人が数十人がかりで退治。大蛇の血潮は7昼夜の間、川下を紫色に染めた。よってこの川を紫川という。大蛇の頭部は川を流れて、門鹿の樋ノ口(といのくち)に漂着。住民が拾い上げて葬ったのがこの蛇盛塚である。塚には薬師堂が建立されたが、明治の廃仏毀釈により薬師像は旦の平の照光寺に移された。その跡に植えられたのがこの桜で、石碑を建立した飛田家の祖先が三春滝桜の地で苗を求めて植えたものである(1870年頃)。およそそんな内容である。
 滝桜と同じく花色の濃いシダレザクラで、まだ満開には少し早かったが、血なまぐさい蛇盛塚伝承をよそに、十分に美しかった。
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