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画像:宝慶寺のモミ

画像:宝慶寺のモミ(幹と並ぶ)
名称 宝慶寺のモミ (ほうきょうじのもみ)
名称の典拠 なし
樹種 モミ
樹高 31m(注1)
目通り幹囲 5.5m(注1)
推定樹齢 400年(注2)
所在地の地名 福井県大野市宝慶寺
 
〃 3次メッシュコード 5336−63−97
 
〃 緯度・経度 北緯35度54分54.1秒
           東経136度27分52.9秒
天然記念物指定 なし
撮影年月日 2006年6月4日

注1)環境庁「日本の巨樹・巨木林 甲信越・北陸版」による
注2)現地の案内板(設置者・設置年月とも不詳)による





 大野市街地の南約10km、曹洞宗の名刹宝慶寺の自動車参道の途中に1本の大樅が立っている。
 真っ直ぐでないのが残念だが、幹囲の漸減が少ないまま、主幹が高みにまで立ち上がり、周囲を圧する迫力がある。訪問時は新葉の明るい緑と、古い葉のくすんだ緑とのコントラストが美しかった。
 薦福山宝慶寺の濫觴は弘長元年(1261)。開山の寂円禅師が、道元没後、この銀杏峰に入って草庵を結んだことに始まる。寂円は宋の人で、曹洞宗開祖道元とともに中国明州の太白山天童景徳禅寺において、ともに如浄禅師を師として学んだ。その間、道元の人柄に惹かれ、道元が日本に戻った後、彼を慕って来日した人物である。
 弘安元年(1278)に建立されたという七堂伽藍は、戦火のあおりで、天正年間(1573〜92)に焼失、その後は、ゆったりした時の流れに身を委ねたというところか。
 昭和61年、僧堂(選仏場)が新築された。僧籍にある者のみならず、本心より修行したい者は、誰でも修行僧と同様な生活が体験できるという(予約が必要)。本堂にお参りした際に、墨染めの衣を身に纏った青い目の剃髪僧の姿が見えた。
 なお、本堂裏手には目通り4.8mのモミもあり、こちらも背が高く、美しいモミである。
 
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