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名称 平野のイチョウ (ひらののいちょう)
名称の典拠 なし
樹種 イチョウ
樹高 不明
目通り幹囲 6.3m(注1)
推定樹齢 不明
所在地の地名 熊本県球磨郡五木村甲
〃 3次メッシュコード 4830−56−38
〃 緯度・経度 北緯32度26分53.7秒
東経130度51分10.7秒
天然記念物指定 なし
撮影年月日 2011年8月8日
注1)環境省巨樹データベース(2000年フォローアップ調査)による
国道445号を川辺川に沿って北上すると、五木北小学校の近くで橋を渡り、左岸側から右岸側に移る。そこから約700m。平野集落に至る脇道がある。あとはその道を道なりに登るだけ。やがてイチョウが見えてくる。
イチョウは2本。太さには少し差がある。
いずれも恣意的に手を加えるようなことをせず、伸びるものは伸びるに任せ、枯れたら片付ける。そんな感じだ。窮屈な立地にあるイチョウにしては、羨ましいような待遇であろう。
小さい方のイチョウの脇に、「熊ヶ嶽」と刻んだ石塔があった。案内板によると、江戸時代の名力士の墓だという。
ここ平野は、彼の故郷である。熊本に出て相撲取りとなり、最初のしこ名は遠山日出吉。力量が優れていたのだろう。のち京師を経て、江戸相撲の力士となった。平戸公、次いで相良公お抱えとなり、最高位は大関まで昇った。(これも案内板より)
なぜ大イチョウでなく、小さい方なのか。ちょっと疑問に思ったが、熊ヶ嶽が没したのは安政2年(1855)。150年前の大イチョウは、まだ畏敬されるほどの大きさでなかったこともありうる。
小さな方は、墓の傍に新しく植えられたイチョウが生長した可能性が大きいのではなかろうか。 |
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