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名称 五人番のアコウ (ごにんばんのあこう) 名称の典拠 現地の案内板(注1)) 樹種 アコウ 樹高 不明 目通り幹囲 6.4m(注2) 推定樹齢 300年以上(注2) 所在地の地名 鹿児島県指宿市湊3丁目 〃 3次メッシュコード 4630−65−82 〃 緯度・経度 北緯31度14分24.8秒 東経130度39分05.9秒 天然記念物指定 なし 撮影年月日 2018年3月26日 注2)その案内板による 指宿港の南側埠頭の一部に緑地があって、太平次公園と呼ばれている。文化11年(1814)に生まれた指宿の豪商浜崎太平次の銅像があって(浜崎家の当主は代々太平次を名乗っており、この太平次は第8代)、その近くに左図のアコウが立つ。 この埠頭は新しく作られたもので、もちろんアコウは、初めからここに立っていたわけではない。 上記案内板(及び「南薩の巨木・古木」)によると、かつてはここから3kmほど南方、旧山川町の大渡海岸に立っていた。 そこは錦江湾(鹿児島湾)の入口付近。藩政時代には出入りする外国船を臨検するため、薩摩藩の番所があった。当番役人の数が5人だったため、「五人番」と呼ばれていたのだろうか。 名前の通り、「五人番のアコウ」であった時代の雄姿を高橋弘さんの「日本の巨樹・巨木」で見ることが出来る。大きめの礫で埋め尽くされた海岸に立ち、波打際からは、大波が来れば根が洗われそうな距離しか離れていない。 そんな場所で、ずっと持ちこたえてきたのだが、平成16年(2004)8月30日、大型台風16号が直撃。強風と荒波に耐えられなかったようだ。 波打際に倒れた姿で発見されたが、「縄文の森をつくろう会」はじめ、このままアコウが失われるのを惜しんだ方々の尽力で現在地に移植され、おかげでアコウは生き長らえることが出来た。 「南薩の巨木・古木」に載るのは、それから間もない頃の写真だろうか。かなり痛々しい感じがする。 今は、その頃よりずっと元気になった。 太平次公園のシンボルになったといってもいいのではなかろうか。 |
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