ページタイトル:福野神明社のケヤキ 当サイトのシンボルマーク

画像:福野神明社のケヤキA(幹と並ぶ)

 ↑幹囲5.8m  ↓幹囲5.5m

画像:福野神明社のケヤキB
名称 福野神明社のケヤキ
    (ふくのしんめいしゃのけやき)
名称の典拠 なし
樹種 ケヤキ
樹高 30m(注1)
目通り幹囲 5.8m(注2)
推定樹齢 300年以上(注1)
所在地の地名 富山県南砺市福野(横町)(注3)
 〃 3次メッシュコード 5436−77−03
 〃 緯度・経度 北緯36度35分36.3秒
           東経136度55分18.3秒
天然記念物指定 なし
撮影年月日 2020年8月1日

注1)環境庁「日本の巨樹・巨木林 甲信越・北陸版」による
注2)地表面から1.3mの高さで幹囲を実測
注3)平成16年(2004)11月1日、8町村が合併して南砺市誕生。旧行政区は東礪波郡福野町





 JR城端線福野駅の北方約600m。旧福野町中心市街地に神明社が鎮座する。(門前に参詣者用駐車場あり)
 毎年5月1日から3日にかけて行われる福野夜高祭(ふくのよたかまつり)は神明社の春期大祭で、たいそう賑わうらしい。
 Wikipedia「福野夜高祭」の記述と社殿に掲げられた「由緒」の記述を総合すると、ここに町を開くにあたり、慶安2年(1649)に町立(まちだて)を申請。翌3年に加賀前田藩から許可が下りて町造りが始まった。慶安4年までには64軒の家が建ったが、慶安5年(1652)2月に大火災があって全戸焼失。大変な失意のうちにあったことと思うが、すぐに再建を開始した。その際、同年3月伊勢の神宮から分霊を迎えたのが現在の神明社である。神明社はまさしく福野町とともに歴史を刻んできたのだ。
 なお、分霊を迎える前日、使者一行は倶利伽羅峠(くりからとうげ)付近で夜になってしまった。そのため町民たちは手提行燈(てさげあんどん)を持って迎えに行った。これが現在の福野夜高祭の起源と伝えられているという。
 からっと明るい境内に巨木が散在する。旧環境庁時代の1988年度調査ではその数8本。そのうちケヤキとスギが1本ずつデータ付きで報告されていて、ケヤキの幹囲は474cm。食指の動くサイズではなかった。
 ところが「祭りと大樹」のデータではもっと大きい。確認のために訪ねてみることにした。
 実際はご覧の通り。実測幹囲は577cm。
 ほかに、553cmのケヤキもあった。
 1988年度調査で報告されたケヤキは、これらとは別の個体だったようである。
 もちろん、予期せぬ大ケヤキに会えた私は大満足。
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