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名称 あがたの森公園のヒマラヤスギ
(あがたのもりこうえんのひまらやすぎ)
名称の典拠 なし
樹種 ヒマラヤスギ
樹高 20m(注1)
目通り幹囲 4.7m(注1)
推定樹齢 約100年(注2)
所在地の地名 長野県松本市県(あがた)3丁目
〃 3次メッシュコード 5437−27−78
〃 緯度・経度 北緯36度13分52.7秒
東経137度58分57.9秒
天然記念物指定 なし
撮影年月日 2024年6月20日
注1)環境省巨樹データベースによる(2022年報告値)
注2)この個体が最初に植えられたグループのものだと仮定すると、大正11年(1922)あるいは同14年(1925)に植えられたと考えられる
このヒマラヤスギが立つのは旧制松本高等学校の敷地内。現在は公園化されているが、今に残る本館と講堂の建物は国指定重要文化財。もう学校としての役目を終えたが、講堂は今も各種の催しに使用される現役の建物である。(普段は館内入場無料。正門の反対側、公園の東端に来園者用無料駐車場あり)
正門から真っ直ぐに広い道が延び、その両脇にヒマラヤスギが立つ。それ以外の場所にもヒマラヤスギが見られるが、大きさから見て、並木を成す個体群が最も早い時期に植樹されたと思われる。
このヒマラヤスギ群について、松本市立博物館刊行の「あなたと博物館」第155号に詳細な説明が載っている。(PDFファイルで閲覧及びダウンロード可)
それによると、これらのヒマラヤスギの殆どは第2代大渡忠太郎校長の時代に植えられたようだ。
購入記録によれば苗の大きさは2尺(約60cm)〜10尺(約3m)。3mのものは1本17円だったという。当時の小使(学校用務員)の月給が15円だったそうだから、ずいぶん高価な樹木だった。
とても高価だったこともあるだろうが、松本高等学校のシンボルでもあったであろうヒマラヤスギたちはしっかり育てられて、今は素晴らしい並木となっている。全国でもトップレベルのヒマラヤスギ並木と称してよいのではなかろうか。
「どくとるマンボウ」シリーズで知られる作家・医師北杜夫(きたもりお、注3)は、旧制松本高校の卒業生である。このヒマラヤスギを知っていたはずだが、当時はこんなに立派ではなかったので、著作で触れているものかどうか。(私はこのシリーズを読んだことがないのでわからない)
注3)本名は斎藤宗吉(そうきち)。父は歌人・医師の斎藤茂吉(もきち) |
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